牝牛(めうし)のベッシー

石﨑施設長のBLOG

「抽象化を制するものは思考を制す」

 ビジネスコンサルタントで著述家の細谷功さんが「具体と抽象」(dZERO)で紹介されています。私たちは牛肉を食べるとき、「ベッシーを食べる」というように固有名詞で話はせず、「牛肉を食べる」と言いますよね。つまり私たちは、「抽象化」という概念を、意外と身近に使っており、例えば今日の夕食は「ベッシーのすき焼き?」それとも「ベッシーステーキ?」、「ベッシーの肉男爵(抽象化すると肉じゃが)?」…このように、具体的に語ると、恐ろしい会話になってしまいます。

 「牝牛のベッシー」を紹介してくれたのは、大学の地域福祉論の教員でして、論文を書くときに重要な概念として、牝牛のベッシーを例に説明してくれました。ベッシーの抽象化では、牝牛<牛<家畜<財産<富と、梯子の段を上るように抽象化していくこととなります。梯子の段を下るように具体化すると牝牛>ベッシー>肉>細胞>元素となり、比較して捨象して抽象化する思考が、帰納法の考え方だと理解しました。

 「抽象」的な話は、立場も価値観も違う他人と考えを共有するために必要で、多くの人の心に刺さる話であっても、具体性が低いという意味ではわかりにくい。逆に具体的な話は、具体的になればなるほど中身が明確になるので、細かい話になる以上、心に刺さる人が限られます。

 栄和会の理念は、全職員の心に刺さるよう設計されているので、非常に抽象化された内容になっています。ですから、職員一人一人が、自分ごととして、目の前の仕事に落とし込むための作業が必要になります。理念(抽象)と仕事(具体)は切っても切れない関係であり、仕事に意味をもたらします。例えば、理念を具体化するため「業務効率化及び適正配置を検討するため、グループ単位の時間外勤務を分析し、要介護状態や介護の手間といった要因から、時間外の原因を特定する」という具体的な仕事は、総務系職員は自分の仕事として理解できますが、他の職員は自分の仕事にはなりにくく、心には刺さりません。一方で、「利用者の方々と向き合う時間を増やすため」が主語になると、介護職員の心に刺さります。このように梯子を下ると、具体的な仕事に落とし込まれるため、仕事が細分化されていきます。

 職場でも家庭でも、意見が嚙み合わないときは、梯子の段が異なっているか、そもそも、上っている梯子が違うかのどちらかかもしれません。業務や目標に具体的に落とし込むときは、その道標として栄和会WAYが活用できます。一方、家庭では栄和会WAYは道標にはなりませんので、専門家の皆さん、ご注意を。

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